『僕たちは童貞だったのである』

ここは兵庫県一の繁華街、三ノ宮。

今日はここで古くからの親友に会う約束をしている。

三ノ宮は人の多い町である。

母数が多いせいか、変な奴も多少人ごみには紛れている。

例えばこんな街中で、酔った勢いでか一人で熱唱しながら歩き回る奴、道端にねっころがってる奴、ドブに落っこちて笑っている奴、、

 

変な奴もいるもんだなあと見ていたら、熱唱している男がこちらに近づいてきた。

 

そう、彼であった。

シラフの彼であった。

僕は驚きを抑えつつ、平常心を保った。

 

 

1軒目は鳥貴族に行くことになった。

僕は彼の「鳥貴族は関西にしかない」というウンチクに心底驚くそぶりを見せ、先ほどの驚きをまだ隠しているところだった。

 

半年振りの再会だったこともあり、僕たちは思い出話に花を咲かせた。

 

そして2軒目は僕行きつけの餃子屋さんへ向かった。

その餃子屋さんでは、いつも素敵な女性が働いている。

 

 

「あのおじさんと30分キスし続けな、一生酒飲まれへんとしたら、どうする?」

いつになく真剣な顔をした彼の一言から始まった。

ただし、おじさんの口臭はキツめ、多少ガッついてくるというハードな条件を付けた彼は、なぜか得意げな顔をしていた。

 

約1時間に及ぶ熱論の結果、「酒類は20分間、肉類なら35分間、魚類は5分間がギリギリ耐えられる妥協ライン、それ以上なら一生食えない方がマシ」という結果で話はまとまった。

 

今日はたくさん酒を飲んだ。

久しぶりの彼との再会でということもあったが、素敵な女性に話しかける口実を作るためでもあった。

 

彼女は特別かわいいというわけではない。

だけど、素朴で全身から柔らかく優しそうなオーラがただよっていた。

 

5杯めの酒を飲み終える頃には、すでに閉店時間が迫っていた。

もう少し彼女を見ていたいという思いからギリギリまで粘っていたが、バイトのおじさんの圧が限界を超えた。

僕たちは店を飛び出した。

 

 

「ちょっとあの娘が出てくるの待たへん?」

まだ物足りなかった僕の一言に、彼は熱意を込めて答えた。

「もちろん。いくで!」

珍しく彼がリーダーシップを発揮していた。

幼少期にしたドラクエごっこではいつも僕の後ろにいたはずの彼の逞しい姿に、時の流れを感じた。

 

5分ほどして、彼女がバイト仲間の女の子と一緒に出てきた。

三ノ宮駅と真逆方向であるはずの、こちら側に向かってくる。

僕たちのテンションは最高潮に達した。

 

「もしかして、北村くん?」

素朴で可愛い声だった。

 

同時に僕たちの思考は停止した。

この素敵な彼女は、親友のことを知っていたのだ。

 

ポケモンで油断して話しかけた町の少年が実は敵だった時程の、いや、狩りに来たと思っていたが実は狩られる側として呼ばれていた時程の、とてつもない衝撃を受けた。

同時に、この衝撃をもろに食らっている彼が心配になる。

 

「う、あはへ、え、小学校い、いしょやったん??あへえ!」

 

我が親友ながら、見事なキョドリっぷりだった。

 

「あふへへ、じゃぅ、じゃあッまた。、」

 

当然、キョドリ狂う彼の横で佇む僕の足も、ガクガク震えていた。

 

そう、僕たちは童貞だったのである。

 

15秒で会話が途切れ、彼女たちは夜の街へと消えていった。

 

 

どれほど時がたっただろう。

ゆっくり振り返ると、彼は泣いていた。

気がつくと僕たちは熱く抱擁していた。

無念の思い、友の奮闘への賞賛、手助けできなかったことへの謝罪。。

僕たちは熱く語り合った。

満身創痍で立っていられなくなった僕たちは、繁華街の中心で寝っ転がって反省会を続けた。

 

 

しばらくすると、僕たちは希望に向かって走り出した。

またあの娘とばったり会えるかもしれないという希望に向かって走り続けた。

 

気がつくと、右後ろで走っていたはずの親友の気配がない。

 

振り返ると、彼はドブに落っこちていた。

汚いドブの中で楽しそうに笑っていた。